七楽の教え
「楽すれば楽が邪魔して楽ならず、楽せぬ楽がはるか楽楽」
楽が七つも並び、5,7,5,7,7音で響きがいいこの詩は、富山の薬売り
の成功の秘訣として代々受け継がれてきた「七楽の教え」です。
楽する楽は、楽にならないけど、
楽しない楽は、楽チンだ というわけです。
これって、どういう意味でしょう。
「富山駅前広場 旅おりおりより掲載 」
今の楽を求めれば、一時は楽になるが、次にはその楽した分を取り戻さなくてはならなくなり、楽ではなくなります。一方、楽をしようと思わないで苦労してつかんだものがはるかに楽だというのです。また、苦労して作り上げた強い自分があればこそ、苦労をも楽しんでいくことができるのです。
富山の薬売りといえば、今から 300年ほど前に確立された日本で古くから継承される伝統的マーケティング手法です。常備薬の入った薬箱を無料で各家庭に配置し、薬売りが定期的(3ヶ月〜6ヶ月、1年に一度)に配置先の家庭を巡回して薬の使用状況を確認、補充して、顧客は使用した薬の代金だけを支払うというシステムです。このように商品を先に配布しておいて、実際に利用した分だけ料金を徴収する販売手法は「先用後利(せんようこうり)」と呼ばれています。
沖縄出身の私の家にもこの富山の薬箱があったように記憶してます。現在我が家(鹿児島)にはあいにく常備薬は置いてませんが、どの家庭にも一家に一箱が当たり前だったように思います。
アウトドアライター&旅行記者であります1944年生まれの沖縄県名護市ご出身の津波 克明 (つは かつあき) 氏が、ご自身のホームページダイヤモンドダスト−津波克明のページ−のコラムにて以下のように述べておられます。
小学生の頃、富山の薬箱がわが家にもあった。だから「反魂丹」の名前は昔から知っていた。今それを思うと、米軍の統治下の沖縄にまで富山の薬売りが来ていたのか、と驚きを隠せない。当時は富山からわが家まで、汽車、船、バスで4〜5日もかかっただろう。それもパスポートが必要な所、いつ引っ越すか分からない寒村の家へ、わざわざ薬を置くなんて、いくら「先用後利の行商」といっても、驚き以外に、何もない。
北陸のお国柄、今でいう県民性に、こんな例えがある。
越中(富山)の泥棒
加賀(石川南部)の乞食
能登(石川)の優しや人殺し
越前(福井)の詐欺
これは酒を飲んだ席で、北陸出身者から聞いた話である。
越中は薬売り商人が全国から金を稼いでくるから商売上手で「泥棒」だそうだ。
さすがに私は「反魂丹」を知りませんが、歴史をさかのぼって見てみると、江戸時代には沖縄にも富山の薬売りが来ていたのは事実のようです。
全国を渡り歩いた富山の薬売り、傍から見れば大変で苦労の多い仕事のように思えますが、果たして本人たちはそのように感じてたのでしょうか?
私には、この大変な薬売りの仕事を楽しんでいたかのように思えます。知らぬ土地で、薬をただ単に売っていたのではなく、世間の話題や情報を提供し、井戸端会議的なおしゃべりや雑談で、相手の心を開かせ、気分をなごませ、信頼関係を築くといったことで、人と人とのコミュニケーションを楽しんでいたのではないでしょうか。人との出会いとおしゃべりを通しての人間関係を楽しみながら、商品を売ろうとはせずに、「使っても使わなくてもいいから」と、商品を置いていくのです。重い薬を抱えての遠路の移動の大変さや商いのつらさを忘れさせるほどの、人との交流があったはずです。そして、そのことが、また仕事の励みになり喜びとなり収益へとつながったのでしょう。
「楽すれば楽が邪魔して楽ならず、楽せぬ楽がはるか楽楽」七楽の教えは、商売に限ったことではなく、勉強についてもその教えは当てはまりますよね。大切なことは、苦労をも楽しんでいけるような、苦労して作り上げた強い自分があればこそ、「楽せぬ楽がはるか楽楽」の境地を知ることができるということです。ここで、好きなことをすれば誰だって楽しいのだと考えることは短絡すぎます。同じ「楽」の漢字ですが、楽すると楽しむとでは、大きな違いがあります。「楽せぬ楽」が楽しむことに通じているような気がします。なぜなら、楽しんでいるときほど集中力が発揮でき時間空間を超越でき「楽楽」となるからです。そして、そのことは、当サイトがテーマとする「楽修」にもあてはまります。
何に対しても、「楽せぬ楽がはるか楽楽」で臨みたいものです。


薬屋さんからパソコン屋さんに教育関係、合気道など・・・読み方も「らくしゅう」「らくしゅ」「がくしゅう」とさまざま。当サイトでは「楽修」と書いて「がくしゅう」と読む。いわゆる、「学習」としての造語を意図している。